WordPress.com登録記念日 – 1年が経ちました。

昨日だったようです。

WordPress.comにてsolotabien – adamayokuy’s blogを始めて1年となりました。

毎日とはいきませんが、ゆっくり歩くようにこれからも続けて参りたいと思います。

いつもありがとうございます。

末長すえながくよろしくお願いいたします。

掃除をしたらご褒美をいただいた。その2

 町内会の有志の方が法面のりめんに生えた木を切りに来てくれたので、日除けのために伸ばしていた木蓮の枝を剪定するついでに片付けていたら、作業を切り上げるよう促され、翌日、「若い人にこんなことはさせられない」と、またも(前回のできごとはこちら)お隣さんから葡萄ぶどうのお裾分けをいただきました。

今年は天候の影響で色づきがイマイチでしたが、甘味は十分とのこと。

ありがたくいただき、

そのあとお昼ご飯にイワシの丸焼きを食べていたら、呑み込む際に小骨が喉の側面にクリーンヒットしてつき刺さり悶絶もんぜつ

色々試して、クイーン ニーナを3回噛んで丸呑みしたら、

あら、不思議。

喉の痛みも出血も治りました。

お隣さんと女王に救われたようです。

ありがとうございました。

と、これまでが昨日noteに書いた内容。(リンク:https://note.com/adamayokuy/n/n5a74ed8c9345

ここからがつづき。

そして翌日、

早朝のおさんぽにて、へびを踏みかけた。

へ?

法面に向かって道路を渡ろうとしていた蛇、側溝そっこうまった砂を観察しながら歩いていた私。

靴底のつま先辺りに何かコツンとしたものがあたったのでふと下を見ると、

ながーく伸びたヘビさんがいたので、あわてた。

靴の底に当たっているのは、頭の部分だと気づいた瞬間しゅんかん

「ごめんっ」と言って飛び上がってしまった。

数メートルあたふたと走って振り返ると、

どうやら大丈夫だったようで、側溝の方に姿を消していった。

なんだか昨日から身の回りがわちゃわちゃしているようです。

落ち着いて、

楽しい週末を過ごせますように。

Close-up, grapes and muscats on a wooden table. ©2022 Yuko Yamada.
AQUOS R6で撮影。

鴉さんの道案内

烏・鴉。

カラスってこういう漢字書くんですね。

近頃は5時半前くらいになるとカラスさんたちが鳴き始めます。

「起きてー、起きてー!朝だよー!」

とでも言わんばかりに。

例の如く目覚ましをかけるのを忘れて寝てしまうのですが、

小鳥やセミ、そして、カラス。何かしらの生きものが私を起こしてくれるようだ。

さんぽの前に、モッコクの虫除けにミント水を散布して、家を出る。

歩き始めると、あれだけ鳴いていたカラスはどこへやら。

電線にハトがポツリ。

今日は静かに佇んでいる。

昨日オンラインポートフォリオの整理をしていた。

一気に作業をしたせいか今日はなんだか半分眠っているような感じ。

考え事をしながらゆっくり歩いていると、

電柱のてっぺんにいるカラスが3回鳴く。

ふと周りに注意を払うと、

カラスが鳴いた方向から車がやってきた。

信号もないところなので、気をつけなきゃなぁと、次のブロックに差しかかる前に

カラスがまた鳴いた。

今度は通行人。

もしかして、

5時集合・ミーティング開始・各自持ち場へ移動・電柱のてっぺんより道あんない開始

そんなスケジュールでもあるのでしょうか。

カラスは人の顔を覚えるという。

ふんわり考え事をしながら歩いていたら、意識が飛んでいたらしい。

今度はカラスが鳴かなかった。

「おはようございまーす!」

少し間を空けたななめ前方から、いつも顔を合わせる方が

爽やかなあいさつを向けてくれた。

いつもなら私から挨拶するところがまったく気づかずハッとする。

こちらも「おはようございます」と、笑顔を向け気持ちの良い朝となった。

前を向いて歩こう。

お知らせ

adamayokuyポートフォリオサイトにて、ArtworkとTravelがご覧いただけるようになりました。いつでもお好きな時にご覧くださいませ。

今後ともよろしくお願い申し上げます。

I have reorganized my work on portfolio website so feel free to visit anytime you’d like 🙂

Hope you enjoy and I will keep moving on.

adamayokuy portfolio website

リンク:https://adamayokuy.com

もうすっかり秋な感じ。

毎朝おさんぽをするようになり、数ヶ月が経とうとしている。これまでは、雨が降ったり気分が乗らなかったら休んでいたのだけれど、今回のは、文字通り毎朝の習慣になってきている。

歯磨きをするように、おさんぽも毎日。

雨の日の散歩も悪くない。

さんぽに出かける時間はあいもかわらずまばらだ。

昨日は7時に起きたので、遅い時間の散歩となった。

早歩きをして脂肪を燃焼したいとか、走れるようになりたいからとかいう目標があるわけでもない。

ただ、ただ、体の中心軸を意識しながらゆっくり歩く。

体幹を意識しながら歩いてみると、今まで体側の筋肉を主に使っていたことに気づく。

30分ゆっくり歩くだけで汗だくになっていた。

それが昨日からすっかり秋の朝。

ひんやりとした風とともにいつものコースを歩く。

明日のおさんぽは長袖のTシャツを着ようかな。

掃除をしたら、ご褒美をいただいたお話。

ずーっと気になっていた外構の壁の汚れ。

元々はクリーム色だったようだけれど、40年超分の雨風と風化により、苔むしていてマダラ模様の目立つ壁になっていた。

かれこれ10年、母がずーっと気にしていて、ようやく私も気になってきた。

見れば見るほど、気になる気になる。

極め付けは、ポストに入っていた水道管の高圧洗浄の広告と湿気だった。

下水の通り道は、チェックしてみると、思いのほかというより予想以上に匂いも汚れもなく綺麗にしていた。

母曰く、洗剤を変えてからこうらしい。

そして、壁に目をやるとやっぱり気になる。

家の反対側からポストを中心に壁を眺てみる。

郵便屋さんが毎日投函してくれるポスト。

私が郵便屋さんなら、あまり投函したくないポストに見えた。

湿気ていると、余計に苔が気になる。

苔のことは嫌いじゃない。

むしろ好きだけれど、苔には苔の居場所がある。

そもそもこの子たちは苔なのか?

まじまじと見ていると、ところどころ黒ずんでいることに気づく。

あまり衛生的には見えなかった。

広告の「汚れが溜まると雑菌が繁殖します」

という文句が頭をよぎった。

と、いうわけで、壁を掃除をすることにした。

高圧洗浄機でもあれば、一瞬で終わるであろう作業。

我が家にあるのは、デッキブラシにバケツ、それからノズル付きの長いホース。

年季の入った壁には多少ヒビも入っている。

手作業がちょうどいい。

最近、雨が降ったり止んだりで前日も雨。

壁は程よく湿っている。

部屋の掃除は済んだ。

さぁ、壁掃除。

バケツに入れた酸素系漂白剤を熱いお湯に溶かしハーブ水を加える。

その前に、日焼け止めを塗り、首にはタオル、頭にはバケットハット。

コーヒーを淹れ一息入れてから外に出る。

お隣のおばちゃんたちのおしゃべり、行き交う車の音をBGMに作業を進めていく。

バケツにデッキブラシをひたし、ひたすら壁をブラッシング

排水溝に向けホースで汚れを流す。

40何年分の壁のアカが剥がれて水に流されてゆく。

壁の表面が湿っていたので、思いのほか捗った。

完璧とはいえないが、マダラ模様は薄くなり、クリーム色の壁と多少の苔の生えた壁だとわかようにはなった。

少し若返った心地だ。

片付けをしていると、お隣の奥さんに窓越しに呼び止められた。

手を洗い、

「お騒がせしてすみません」と、伺うと、

「これ受け取って」と、ブドウをいただいた。

「よく働いていたから」

と、ピチピチに熟れた丸いぶどうと長細いマスカットを手渡してくれた。

ぶどうの名前を聞いて、お礼を伝え家に戻る。

「これいただいたよ。ゴールドみのりとなんとかフィンガーだって」

と、母に渡すと、母も嬉しげに、先日お盆の買い物で見つけてきたという尾道のクイーンニーナとプリンスメロンをカッティングしてお隣さんへ持っていった。

汗を流し、服を洗い、ベランダに干す。

リビングに戻り

お隣さんからいただいたブドウをいただく。

瑞々しく豊かな甘味。喉も潤い、視界も明るくなった。

心優しいご近所さんに恵まれ、ありがたい限りだ。

結局、なんていう名前のブドウだったかなぁと、のちのち調べてみたら、

富士稔(ふじみのり)とゴールドフィンガーでした。

名前は一度で覚えたい今日この頃。

ご褒美を味わうひととき。

猫の目を見つめる。

猫さんとバッタリ出会ったことから、昔撮影した猫の写真を思い出した。茶トラのノラさんだったが、警戒心が微塵もなく、私の目の前で昼寝を始めた猫だ。

気まぐれに訪れた場所で、偶然居合わせた猫。

撮影の時には気づかなかったが、その子はたぶん風邪気味だったのだと思う。

帰って画面で確認していたら、目やにがついていて、お鼻も少しずぐずしていた。

9年前の話になる。

ストリート写真はレタッチしない。あるものはそのまま。

私がその環境に影響を与えることもしない。

ただ、ドキュメントするだけ。

その時はそう思って撮影していたけれど、

そのあと徐々に自分で環境を整えること・自分もその一部になることを学び、今は少し違う心境にあることに気づいた。

あの時の状況がまた目の前に現れたとしたら、どうしたいだろう。

もうあの状況が再び現れることはないとしても、今の自分には何ができるだろうか。

そう考えた結果、レタッチで猫さんの目やにをとってあげることにした。

おそらくこれは私が「猫」というイメージに望んでいることであって、被写体の猫さんが望んでいたことではないかもしれない。

猫さんは綺麗好きとはいえ、人間を見て、

「目やにとってくれないかなー」とか

「顔拭いてブラッシングしてくれないかなー」と、そんなことを考えているとは思えない。

たぶん、身だしなみは自分で整えられると思っていると思う。当時出会った猫さんはそのままで幸せそうだったし、存在自体が完璧だった。

そんなことを思いながらの編集作業3時間だった。